ゲーム世代に生まれた為か、いまだに友人達と
集まるとゲームばかりしている。
お盆や正月に県外の友人達が帰ってくると、決まって
テレビゲーム大会になる。誰かの友人の部屋に集まって
皆でテレビの前に並んで、コントローラーを握ってゲームを
楽しむ。30歳を過ぎたというのに、このあたり、中学生の
頃と何ら変わりがない。
「ファミコン」なる世紀のゲーム機器が登場し、夢中になった
のは小学生の頃だ。先輩の家で「ドラゴンクエスト」を初めて
遊んだときのことは今でも鮮明に覚えている。ゲームの内容
よりも、流れてくる音楽に影響を受けた。コンピューターゲーム
独特の"ピコピコ音"だが、そのメロディーは異国情緒を強く
匂わせるもので、何というか、テレビの向こうに隠された
古い中世の時代に引き込まれるような錯覚を起こした。
後から知ったのだが、アイルランド民謡をベースに作られた
音楽だったらしい。アイルランド民謡といえば久石譲、
久石譲といえばあのジブリアニメの作曲家である。
「風の谷のナウシカ」も、「ドラゴンクエスト」も、音楽の良さ
が作品の内容をグッと引き締めていたことは間違いない。
当時、ファミコンソフトの各社メーカーがしのぎを削っていた。
「ドラゴンクエスト」のエニックス、
「ファイナル・ファンタジー」のスクウェア、
「スーパーマリオブラザーズ」の任天堂、
「ツインビー」のコナミ、「ボンバーマン」のハドソン、
「ゼビウス」のナムコ、「ダライアス」のタイトー、といった、
今は一部上場会社となった巨大ゲーム企業が、その当時は
数千円のゲームソフトを毎月リリースして売上を争っていた。
自分の家は教育に厳しく、ファミコンなど百害あって一利なし
とされていたので、もっぱら友人の家に遊びに行っていた。
ファミコンを持っている子供というのは、それだけで仲間の
中心となり得ていたのだが、その友人仲間というのは
それぞれにグループを成していて、遊ぶゲームのジャンルで
分かれていた。
走って飛んでゴールを目指す「アクションゲーム」のグループ、
戦闘機でピュンピュンと戦う「シューティングゲーム」、
プロレスやボクシングで対戦する「格闘ゲーム」、
野球やテニスなどで対戦する「スポーツゲーム」、
クルマやバイクの競争を楽しむ「レースゲーム」、
仮想世界の冒険を楽しむ「ロールプレイングゲーム」、
コマを進めて陣取りを楽しむ「シミュレーションゲーム」、
このように、各人の好みに合わせてグループになっていた。
自分は「ロールプレイング」「シミュレーション」の2グループに
属していたのだが、これらのゲームは想像力と理解力が
必要だったため、おのずとインテリタイプの人間ばかりが
集まっていて、全体から見ても少人数派だった。
クラスに20人の男子がいるとして、うち3人ぐらいのシェア
だったと思う。とにかく毎日のようにゲームをして遊んだ。
「ドラゴンクエスト」、「ウィザードリィ」、「ザナドゥ」、「イース」、
「三国志」、「信長の野望」、「大戦略」、といった綺羅星の
如き名作品たちを、時間を忘れて余すことなく楽しんだ。
もちろん、クラスの20人の中でもファミコンゲームそのものに
手を出さない子もいた。家で陰気にゲームなんかしてるより
外で暴れたほうがいい、というガキ大将などがそうである。
だが、別の例外もあった。ファミコンのような子供のゲーム機
ではなく、ワンランク上の「パソコン」を持った子、である。
今でこそパソコンは世に流通しているが、その当時、家に
パソコンを持っている小学生というのは極めて稀な存在で、
おそらく50人に1人の割合程度だったと思う。まだ"オタク"
という言葉すら存在しない頃で、パソコン少年はみな
ファミコン少年達をはるかに凌ぐインテリ的存在だった。
自分はヒョンなことからこの「パソコン少年」を知己に持ち、
彼の家に通っては、ファミコンよりも難解で困難なゲームに
立ち向かっていた。ちなみにそのパソコン少年は、現在
自分と一緒に会社を運営している役員の一人だったりする。
彼の影響で、「テーブルトークゲーム」なるものを知った。
これはファミコンやパソコンなどのハード機ゲームではなく
いわばボードゲームのようなもので、6~7人でテーブルを
囲み、サイコロを振りながらゲームを進めていく。
人生ゲームのようにボード上を進めていくものではなく、
紙とエンピツとサイコロだけを用意し、"マスター"と呼ばれる
ゲーム製作者が1人に、彼が作ったゲームに参加するのが
6人といったスタイルだ。その6人はそれぞれ、戦士、僧侶、
魔法使いといった役割を決め、マスターが製作した仮想の
洞窟を地図を片手に進み、敵を出くわしてはサイコロを振って
戦っていく、冒険ストーリーを楽しむゲームだ。
このゲームは、テレビゲームなどが存在しない時代に
アメリカやイギリスで興ったゲームで、歴史は長い。
スターウォーズを生んだジョージ・ルーカスや、映画「E.T」を
作ったスピルバーグなども、その偉大な空想世界の源を
このテーブルトークゲームから生んでおり、まさにファンタジー
の起源ともいえるゲームなのだ。
その仮想世界のベースとなる"ゲームルール"が幾多あり、
剣と魔法、人間と竜の世界を描いた「ダンジョン&ドラゴンズ」、
未来を舞台に壮大なスペースオペラを描いた「トラベラー」、
異生物と怪奇現象のオカルトを描いた「クトゥルフの呼び声」
など、世界の名作とされるゲームルールの日本語版を
必死で入手して楽しんでいた。
もちろん、これらのテーブルトークゲームばかりでなく、ファミコンや
パソコンのゲームも同時に楽しんでいたわけで、おのずと勉学に
手を伸ばす時間が減っていった。あの頃のゲーム仲間の内で
学校の偏差値が60を越えたものなど一人もいなかった。
18歳を過ぎると、ゲームセンター通いが始まった。
パズルゲーム「テトリス」や、格闘ゲーム「ストリートファイター」
などが仲間内で一世風靡し、ゲーム代を稼ぐためにバイトする
人間までいた。
未青年期のゲームセンターというのは悪い青春時代の宝箱の
ようなもので、みなスニーカーのカカトを潰して履き歩き、
無理にタバコを吸い、グループ同士でガンを飛ばして睨み合い、
薄暗い蛍光灯の下でアダルト麻雀ゲームを囲んでニヤついて
いた。
営業をサボってゲームをしているオッサンは邪魔だったが、
対戦ゲームでめっぽう強いオッサンは、皆の尊敬を受けた。
この頃、ゲームセンターの対戦ゲームの隆盛は頂点を極め、
「ストリートファイター」の世界大会なるものが東京で行なわれた。
その第一回の優勝者が、日本人ではなく韓国人だったことに
大きなショックを受けた。
思えば、自分の中の"日本人"を初めて感じたのが、
あの時だったのかもしれない。
その後、海外留学を経て日本に戻り、仲間達が大学生活を
エンジョイしている中、ひとりサラリーマンになった。
外回りのヒマな時間を見つけてはゲームセンターに入り、
日頃の鬱憤をゲームにぶつけた。ゲームが救いだった。
給料をもらうようになり、自分の部屋にゲーム機を持った。
「維新の嵐」という、明治維新を舞台にしたシミュレーション
ゲームに夢中になり、このゲームをやるために、1ヶ月の
営業ノルマを20日で達成し、残りの10日をゲームに割いた。
それから7年ほどゲームから遠のき、久し振りに昔の仲間と
遊ぶようになってから、「HALO(ヘイロー)」というアクション
ゲームの虜になった。テレビの前に友人とふたりで座って、
ライフルを手にした軍人を操りながら敵陣を突破していく
ゲームで、その面白さが評判となり、小学生時代の友人達が
久し振りに集まるようになり、友人の6畳半の部屋の中は
顔と体格だけ大人に成長した"子供"でいっぱいになった。
この久し振りのゲーム縁が高まったのか、小学生のあの日の
パソコン少年と二人で語らい、「人生最大のゲーム」に
チャレンジすることに決めた。つまり、"会社経営"だ。
今思えば、本当に簡単に会社を作ってしまったものだ。
「会社経営などと肩肘を張らずに、ゲームをやると思えば簡単だ」
という一言で、自分などあっさり上場会社を脱サラした。
会社に集ってくれた仲間も、なぜかゲーム好きが集まった。
なにせ、会社仲間ではじめてテーブルを囲んだのは
会議のためではなく、「マジック・ザ・ギャザリング」という
アメリカの数学者が作ったカードゲームをやるためだった程だ。
起業から2年を迎えるが、いまだに仲間内でテーブルを囲むと、
決まってこのカードゲームか、「モノポリー」をやっている。
出入りの業者さんに、"ほんとにゲームばかりしてますよねぇ"
と首をかしげて笑われるほど、ゲーム好きの集まりだ。
ちなみに今、新しいゲームにチャレンジしている。
「マキャベリ」というトランプゲームだ。
その名の通り、マキャベリズムで有名なイタリアの思想家
から取られた名前のゲーム。
よく映画で、イタリアマフィアなどが数人でテーブルを囲んで
賭けトランプをやっているシーンがあるが、あのゲームだ。
2組のトランプからジョーカーを抜き、よくシャッフルし、
それを各人が数枚ずつ手に取り、残りを山にして、場に
出ているカードとの数字の組み合わせで手のカードを
減らしていき、最初に手のカードが無くなった者が勝ち、
というゲームなのだが、いかんせん、ルールがよく解らない。
実はこの「マキャベリ」、数あるトランプゲームの中でも世界的に
有名なのだが、こと日本では全く知られておらず、その証拠に
YahooやGoogleで検索しても、ほとんどヒットしてくれない。
東京銀座や六本木の一部のインテリ層が、会員制のバーに
集って「マキャベリナイトなるイベントをやっている」、という
情報をアングラ雑誌のコラムを読んだのがキッカケで始めた。
雑誌に曰く、「頭の良い人間が勝つように出来ているゲーム」
なのだそうだが、トランプ専門店の店主に電話で聞いてみても
"よく知りません"と返事されてしまうほどマニアックなゲームで、
その楽しみ方がイマイチ解らず、毎日、頭を悩ませている。
少年期、青年期と、長年に渡って困難なゲームを解くのに頭を
使ってきたが、30歳を越えて会社経営を始めたというのに
まだゲーム遊びに頭を悩ませている自分が、なんとも可笑しい。
END