カテゴリー「ゲームの話」の3件の記事

最近、ビリヤード熱が高い。



最近、ビリヤード熱が高い。



よく会う友人と、お互いヒマを見つけては、ビリヤード場へ行く。

彼とはまさに実力伯仲というべき戦いで、仮に100試合やっても

52対48くらいの差で勝負が終わるような感じだ。





ビリヤードにはいろんなゲームルールがあるが、

もっとも一般的なものは「ナインボール」と呼ばれるゲームだ。



1番から9番のボールを順番に落としていくという単純なもので、

ひとつでもボールをポケットに落とせなかったら相手と交代する。


9番のボールが落ちた時点で、そのゲームは終了。



お互いが落としたボールの数の多いほうが勝ち、

と結論付きそうなものだが、実はそうではない。



そのタイトルの通り、ナインボール、つまり

9番のボールを落としたほうが勝ち、というルールだ。



仮に自分が、1番から8番までを立て続けにポケットに落として、

最後の9番ボールを残念ながらミスしてしまい、相手と交代し、

相手がその9番を落としてしまえば、これは自分の負けである。

とにかく、9番のボールを落としたほうが、勝ちなのだ。



この9番をショットする順番を巡って、あいだに様々な駆け引きが

あるのだが、どうにせよ、勝者は「最後に勝つ」ように出来ている。



この独特なルールのおかげで、ビリヤードという遊びは、

これを好きな者と嫌いな者にはっきり分かれてしまう。



実は、ビリヤードというゲームの面白さの真髄がここにある。



ビリヤードを嫌いになる人間は、「努力型」の人間だ。

例えば、ゴルフにせよボーリングにせよダーツにせよ、

基本的に「点数の積み上げ」で勝負が決まる。

つまり、コツコツと努力をしていけばかならず報われるのだが、

ビリヤードというゲームは、そういった努力が全く報われない。



負ける者は、努力の量に関らず、最後の最後に負け、

勝つ者は、これも努力の量に関らず、最後に勝てばよい。

これでは、努力型の人間がビリヤードを好きになる筈がない。



逆に、ビリヤードを好きになるタイプの人間は、

努力に拠らず、かしこく楽をして生きていこうとするタイプだ。



努力型の人間とはまったく相反するタイプだが、

それこそ学生時代を例に挙げればわかりやすい。

テストの前日にカリカリと教科書を丸覚えする者もいれば、

テストに出そうなポイントはどこだろうと予想することに頭を

フル回転する者がいる。前者が努力型、後者がその逆である。



学生の頃の自分は、100%純度の後者タイプだった。

要するにテストで出るところだけを覚えればいいんでしょ?と

考えてしまうタチだったので、

要するに9番ボールを落とせばいいんでしょ?というゲームは

非常に性に合う。



1番から8番を相手に落とさせ、最後の9番を自分が仕留める

というパターンで勝利したときの喜びはひとしおだ。



自分の周囲でビリヤードを嗜む友人は幾人かいるが、

ものの見事に全員おなじタイプの人間が揃っている。

彼らそれぞれ社会人になっているが、どこへいっても

「あいつは努力をせずに上手くやっていくタイプだ」と

社会から陰口を叩かれそうな者ばかりだ。



まあ実際、あまり仕事に汗をかかずに、賢くヒョイヒョイと

仕事を済ませて、真昼間から社会の目を気にせずに

ビリヤードをやっているのだから、これは陰口を言われても

仕方がない。だが、お互い相性が合う、これも仕方ない。



そういうわけで、自分は新しい知己が出来て、その人が

ビリヤード好きであれば、お互いの脳回路の方向は

同じ方角を向いていると確信し、せっせと知恵を出して

仕事を早めに済ませ、ビリヤードに誘うようにしている。



END

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ゲーム世代に生まれた為か、いまだ



ゲーム世代に生まれた為か、いまだに友人達と

集まるとゲームばかりしている。




お盆や正月に県外の友人達が帰ってくると、決まって

テレビゲーム大会になる。誰かの友人の部屋に集まって

皆でテレビの前に並んで、コントローラーを握ってゲームを

楽しむ。30歳を過ぎたというのに、このあたり、中学生の

頃と何ら変わりがない。





「ファミコン」なる世紀のゲーム機器が登場し、夢中になった

のは小学生の頃だ。先輩の家で「ドラゴンクエスト」を初めて

遊んだときのことは今でも鮮明に覚えている。ゲームの内容

よりも、流れてくる音楽に影響を受けた。コンピューターゲーム

独特の"ピコピコ音"だが、そのメロディーは異国情緒を強く

匂わせるもので、何というか、テレビの向こうに隠された

古い中世の時代に引き込まれるような錯覚を起こした。


後から知ったのだが、アイルランド民謡をベースに作られた

音楽だったらしい。アイルランド民謡といえば久石譲、

久石譲といえばあのジブリアニメの作曲家である。


「風の谷のナウシカ」も、「ドラゴンクエスト」も、音楽の良さ

が作品の内容をグッと引き締めていたことは間違いない。




当時、ファミコンソフトの各社メーカーがしのぎを削っていた。



「ドラゴンクエスト」のエニックス、

「ファイナル・ファンタジー」のスクウェア、

「スーパーマリオブラザーズ」の任天堂、

「ツインビー」のコナミ、「ボンバーマン」のハドソン、

「ゼビウス」のナムコ、「ダライアス」のタイトー、といった、

今は一部上場会社となった巨大ゲーム企業が、その当時は

数千円のゲームソフトを毎月リリースして売上を争っていた。




自分の家は教育に厳しく、ファミコンなど百害あって一利なし

とされていたので、もっぱら友人の家に遊びに行っていた。


ファミコンを持っている子供というのは、それだけで仲間の

中心となり得ていたのだが、その友人仲間というのは

それぞれにグループを成していて、遊ぶゲームのジャンルで

分かれていた。



走って飛んでゴールを目指す「アクションゲーム」のグループ、

戦闘機でピュンピュンと戦う「シューティングゲーム」

プロレスやボクシングで対戦する「格闘ゲーム」

野球やテニスなどで対戦する「スポーツゲーム」

クルマやバイクの競争を楽しむ「レースゲーム」

仮想世界の冒険を楽しむ「ロールプレイングゲーム」

コマを進めて陣取りを楽しむ「シミュレーションゲーム」


このように、各人の好みに合わせてグループになっていた。



自分は「ロールプレイング」「シミュレーション」の2グループに

属していたのだが、これらのゲームは想像力と理解力が

必要だったため、おのずとインテリタイプの人間ばかりが

集まっていて、全体から見ても少人数派だった。

クラスに20人の男子がいるとして、うち3人ぐらいのシェア

だったと思う。とにかく毎日のようにゲームをして遊んだ。


「ドラゴンクエスト」、「ウィザードリィ」、「ザナドゥ」、「イース」、

「三国志」、「信長の野望」、「大戦略」、といった綺羅星の

如き名作品たちを、時間を忘れて余すことなく楽しんだ。




もちろん、クラスの20人の中でもファミコンゲームそのものに

手を出さない子もいた。家で陰気にゲームなんかしてるより

外で暴れたほうがいい、というガキ大将などがそうである。



だが、別の例外もあった。ファミコンのような子供のゲーム機

ではなく、ワンランク上の「パソコン」を持った子、である。



今でこそパソコンは世に流通しているが、その当時、家に

パソコンを持っている小学生というのは極めて稀な存在で、

おそらく50人に1人の割合程度だったと思う。まだ"オタク"

という言葉すら存在しない頃で、パソコン少年はみな

ファミコン少年達をはるかに凌ぐインテリ的存在だった。



自分はヒョンなことからこの「パソコン少年」を知己に持ち、

彼の家に通っては、ファミコンよりも難解で困難なゲームに

立ち向かっていた。ちなみにそのパソコン少年は、現在

自分と一緒に会社を運営している役員の一人だったりする。





彼の影響で、「テーブルトークゲーム」なるものを知った。


これはファミコンやパソコンなどのハード機ゲームではなく

いわばボードゲームのようなもので、6~7人でテーブルを

囲み、サイコロを振りながらゲームを進めていく。


人生ゲームのようにボード上を進めていくものではなく、

紙とエンピツとサイコロだけを用意し、"マスター"と呼ばれる

ゲーム製作者が1人に、彼が作ったゲームに参加するのが

6人といったスタイルだ。その6人はそれぞれ、戦士、僧侶、

魔法使いといった役割を決め、マスターが製作した仮想の

洞窟を地図を片手に進み、敵を出くわしてはサイコロを振って

戦っていく、冒険ストーリーを楽しむゲームだ。



このゲームは、テレビゲームなどが存在しない時代に

アメリカやイギリスで興ったゲームで、歴史は長い。

スターウォーズを生んだジョージ・ルーカスや、映画「E.T」を

作ったスピルバーグなども、その偉大な空想世界の源を

このテーブルトークゲームから生んでおり、まさにファンタジー

の起源ともいえるゲームなのだ。



その仮想世界のベースとなる"ゲームルール"が幾多あり、

剣と魔法、人間と竜の世界を描いた「ダンジョン&ドラゴンズ」

未来を舞台に壮大なスペースオペラを描いた「トラベラー」

異生物と怪奇現象のオカルトを描いた「クトゥルフの呼び声」

など、世界の名作とされるゲームルールの日本語版を

必死で入手して楽しんでいた。




もちろん、これらのテーブルトークゲームばかりでなく、ファミコンや

パソコンのゲームも同時に楽しんでいたわけで、おのずと勉学に

手を伸ばす時間が減っていった。あの頃のゲーム仲間の内で

学校の偏差値が60を越えたものなど一人もいなかった。





18歳を過ぎると、ゲームセンター通いが始まった。


パズルゲーム「テトリス」や、格闘ゲーム「ストリートファイター」

などが仲間内で一世風靡し、ゲーム代を稼ぐためにバイトする

人間までいた。



未青年期のゲームセンターというのは悪い青春時代の宝箱の

ようなもので、みなスニーカーのカカトを潰して履き歩き、

無理にタバコを吸い、グループ同士でガンを飛ばして睨み合い、

薄暗い蛍光灯の下でアダルト麻雀ゲームを囲んでニヤついて

いた。


営業をサボってゲームをしているオッサンは邪魔だったが、

対戦ゲームでめっぽう強いオッサンは、皆の尊敬を受けた。




この頃、ゲームセンターの対戦ゲームの隆盛は頂点を極め、

「ストリートファイター」の世界大会なるものが東京で行なわれた。

その第一回の優勝者が、日本人ではなく韓国人だったことに

大きなショックを受けた。


思えば、自分の中の"日本人"を初めて感じたのが、

あの時だったのかもしれない。





その後、海外留学を経て日本に戻り、仲間達が大学生活を

エンジョイしている中、ひとりサラリーマンになった。


外回りのヒマな時間を見つけてはゲームセンターに入り、

日頃の鬱憤をゲームにぶつけた。ゲームが救いだった。



給料をもらうようになり、自分の部屋にゲーム機を持った。

「維新の嵐」という、明治維新を舞台にしたシミュレーション

ゲームに夢中になり、このゲームをやるために、1ヶ月の

営業ノルマを20日で達成し、残りの10日をゲームに割いた。




それから7年ほどゲームから遠のき、久し振りに昔の仲間と

遊ぶようになってから、「HALO(ヘイロー)」というアクション

ゲームの虜になった。テレビの前に友人とふたりで座って、

ライフルを手にした軍人を操りながら敵陣を突破していく

ゲームで、その面白さが評判となり、小学生時代の友人達が

久し振りに集まるようになり、友人の6畳半の部屋の中は

顔と体格だけ大人に成長した"子供"でいっぱいになった。





この久し振りのゲーム縁が高まったのか、小学生のあの日の

パソコン少年と二人で語らい、「人生最大のゲーム」

チャレンジすることに決めた。つまり、"会社経営"だ。



今思えば、本当に簡単に会社を作ってしまったものだ。

「会社経営などと肩肘を張らずに、ゲームをやると思えば簡単だ」

という一言で、自分などあっさり上場会社を脱サラした。



会社に集ってくれた仲間も、なぜかゲーム好きが集まった。

なにせ、会社仲間ではじめてテーブルを囲んだのは

会議のためではなく、「マジック・ザ・ギャザリング」という

アメリカの数学者が作ったカードゲームをやるためだった程だ。




起業から2年を迎えるが、いまだに仲間内でテーブルを囲むと、

決まってこのカードゲームか、「モノポリー」をやっている。


出入りの業者さんに、"ほんとにゲームばかりしてますよねぇ"

と首をかしげて笑われるほど、ゲーム好きの集まりだ。





ちなみに今、新しいゲームにチャレンジしている。


「マキャベリ」というトランプゲームだ。



その名の通り、マキャベリズムで有名なイタリアの思想家

から取られた名前のゲーム。


よく映画で、イタリアマフィアなどが数人でテーブルを囲んで

賭けトランプをやっているシーンがあるが、あのゲームだ。



2組のトランプからジョーカーを抜き、よくシャッフルし、

それを各人が数枚ずつ手に取り、残りを山にして、場に

出ているカードとの数字の組み合わせで手のカードを

減らしていき、最初に手のカードが無くなった者が勝ち、

というゲームなのだが、いかんせん、ルールがよく解らない。



実はこの「マキャベリ」、数あるトランプゲームの中でも世界的に

有名なのだが、こと日本では全く知られておらず、その証拠に

YahooやGoogleで検索しても、ほとんどヒットしてくれない。


東京銀座や六本木の一部のインテリ層が、会員制のバーに

集って「マキャベリナイトなるイベントをやっている」、という

情報をアングラ雑誌のコラムを読んだのがキッカケで始めた。


雑誌に曰く、「頭の良い人間が勝つように出来ているゲーム」

なのだそうだが、トランプ専門店の店主に電話で聞いてみても

"よく知りません"と返事されてしまうほどマニアックなゲームで、

その楽しみ方がイマイチ解らず、毎日、頭を悩ませている。





少年期、青年期と、長年に渡って困難なゲームを解くのに頭を

使ってきたが、30歳を越えて会社経営を始めたというのに

まだゲーム遊びに頭を悩ませている自分が、なんとも可笑しい。




END

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モノポリーにハマっている



モノポリーにハマっている。



会社の仲間達と、一日に一回、やる。



基本的にはスゴロクなのだが、これがなかなか面白い。

全員、同じ金額の持ち金でスタートし、

サイコロの目の止まった場所を、どんどん買っていく。


自分が所有している場所に他の誰かが止まると、

通行料がもらえる、という仕組みだ。


ゴールは無く、一周、二周と、どんどん回っていく。


所有している場所を売り買いしていきながら、

手持ちの金がなくなったものはゲームから抜け、

最後まで残ったものが勝ち、となる。



とても単純なゲームだが、これをやっていると

参加している者の"性分"が見えてくる。




普段、3人でゲームしている。



ひとりは「熟慮タイプ」だ。

何を進めるにも、よく考えながら進める。

道を歩いては立ち止まり、しっかり考え、また歩く。

勝つときは、熟慮の末に勝ち、

負けるときは、想定内で負ける。



ひとりは「策士タイプ」だ。

他人が想像する、その裏をかき、場を面白くする。

道を走りながら、裏道のショートカットを模索する。

勝つときは、巧妙な作戦によって勝ち、

負けるときは、策に溺れて負ける。



自分は「速攻タイプ」だ。

誰よりも先に進み、先に展開する。

道を走りながら、前だけを見ている。

勝つときは、その勢いで勝ち、

負けるときは、失速して負ける。



それぞれのタイプが分かれているので、

まるでジャンケンの関係のようで面白いが、

つまり、モノポリーというゲームは、

その人間の"性分"で左右されるのだ。




最近、さっぱり麻雀をやっていないが、

あのゲームも、人の性分が見える楽しみがある。


自分は、モノポリーと同じく、速攻タイプだ。

ピンフドラ1でも、どんどん上がる。

役が揃った時点で、惜しまず上がる。

"あと2枚替えればチンイツじゃねえか!"

"もうちょっと待てばジュンチャンだろ!"

といったクレームを浴びながら、

それを微塵も気にせず、すぐに上がる。

スピード命、という性分、なのだ。




振り返ってみると、自分は何をやるにも

そういう進め方をすることが多いようだ。



昔、楽器をやっていて、弟も一緒に教室に

通っていたのだが、

弟がひとつの曲を100点満点でマスターしよう

とする間に、

自分は3つの曲を80点でマスターしていた。

楽器というのは、80点から100点に上げるまでが

一番時間がかかる。

自分はそこを割愛して、より多くの曲を、どれだけ

早いスピードでマスターできるか、という点に重きを

置く性分だった。



外食好きが相俟って、シェフの友人が多いのだが、

あれこそ分かりやすい例だろう。

自分の友人達は、本格フレンチ、本格イタリアンの

一流看板を下げて運営している生粋の職人ばかりだ。

自分だったら、ある程度料理をマスターしたら

その段階で「フレンチ風居酒屋」や「イタリア風定食屋」

といった二流のお店を開いていたことだろう。

彼らのような本格シェフには決してなれなかったと思う。



一番親しいシェフがいて、彼は日本の有名店で修行し、

フランスでも三ツ星店で活躍したほどの凄腕シェフだが、

彼は中学生の頃に、知能指数(IQ)テストを受け、その後

あまりの点数の低さに、担任が家にまで来て、両親と

深刻に話していたという、暗いエピソードを持っている。


その理由を聞いて、笑ってしまったのだが、

知能指数テストというのは、

たくさんの問題を、どれだけ多く、早く回答できるか、

というシステムがとられている。

"解らなければ、どんどん飛ばして次の問題へ進め"

と担任の先生は生徒達に前振りしていたのだが、

彼は、一問目の段階で、それを解くために5分ほど

考え、そのペースで次の問題、次の問題へと進んだが、

時間がきてみると、全体の2割も解答できなかったそうだ。

点数が悪いのは当然である。



「解らなかったら次へ進め、とは聞いていたし、それは

十分にわかっていたが、いざ問題を目の前にすると、

それを放っておいて次へ進むことができなくなった。

仕方ない、僕はそういう性分なんだ。」

そう、彼は笑った。


知能指数も低く、学校の成績もおぼつかなかった彼が、

全国専門誌で紹介されるほどの名シェフになった。

彼の"性分"が、そういう運命を引き当てたのだろう。



ちなみに自分は知能指数テストで、学校一の成績だった。

当時の市内の公立中学校全体でも五位内に入っていたと

いうから、かなりIQは高いほうだったのだろう。


もっとも、その後の人生で、そのIQの高さが評価された

ようなことはない。今思えば、証明書の一通でもあれば

自慢の種くらいにはなっただろうが、これまでの人生で

そのIQの高さが話題に上ったのは、友人達とトランプの

「スピード」というゲームをやって、100回やっても誰にも

負けなかったときに、"お前、IQが高いんだろうなー"

誰かに言われて、いたく快感にふけった、あの一瞬きりだ。



モノポリーが、スピード重視のゲームであったなら

誰にも負けない自信があるのだが、残念ながら、

平均で見ると「熟慮タイプ」が勝つように出来ているようだ。



会社運営も然り、システムにはスピードが必要だが、

それを動かす人間には思慮熟慮のほうが強く求められる。




会社をうまくやっていくためにも、

また、モノポリーに勝利するためにも、

自分の性分を少しづつ"速攻"から"熟慮"へ

移行させていきたいものだ。




END

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