一番の趣味は、やはり「外食」だ。
一番の趣味は、やはり「外食」だ。
フレンチ、イタリアンが専門で、たまに和食、という割合。
昔テレビのグルメディレクターをやっていた頃に、仲良くして
いただけるお店ができて、以来、お店通いを趣味にしている。
どれぐらい外食通いをしているかというと、多いときは週に
10回を数える。一日にランチとディナーの2回の機会があると
して、週に7日で14回、このうちの10回が外食なのだから、
相当の趣味と言っていいだろう。自称グルメ通、である。
地元のメディア人にグルメ通で知られる有名人がいて、
彼の"外食日誌ブログ"を読んでみても、どうやら週に
10回ほどの割合なので、ほぼ同じペースと言える。
携帯電話の電話帳には「レストラン」というフォルダがあり、
ここに懇意にしているお店を18店ほど登録している。
どのお店も、電話口で自分の名前を名乗らなくても、
声だけですぐに分かって頂けるほど通っている。
「さあ、外食しよう」という時点で、7割の確率で、懇意にして
いるお店に電話を入れる。
残り3割は、雑誌やクチコミを元に、新しいお店を開拓する。
新しいお店の開拓、というのは、とてもスリリングだ。
「アタリ」のお店に出会える可能性は、2割を切るだろう。
残りはすべて「ハズレ」である。
最近、人間ドックで脂肪肝と診断されたのをキッカケに、
外食の回数をかなり減らしている。
そうなると、新しいお店を開拓する回数も減るわけだ。
そこで、「ハズレに出会う可能性を下げる」ことを考え始めた。
もっとも簡単は方法は、
"あの店はアタリかハズレか"という情報を、友人や知人から
仕入れることだろう。
しかし、いちおう自称グルメ通を自負している以上、
人の噂や評価だけで店の良し悪しを判断するのは愚だ。
やはり自分自身で確かめ、評価したい。
ハズレのお店、にも、いろんなパターンがある。
お店に入った途端、「あ、ハズレだ」と思えることもある。
店の内装がくすんでいて、掃除もロクにしていなさそうな
店、店員さんの表情が暗い店、などが例だ。
だが、"どうやらハズレっぽいから店を出よう"などと
常識外れな行動を取るほど厚かましい性格ではないので、
そのままテーブルに着く。その代わり、ワインや食事を
頼む量を減らし、財布の出費を最低限に留める。
しかし、最近のお店は、内装もキレイで、店の作りも豪華な
ものが増えてきた。
店に入っただけでは"ハズレ"と見抜けないのだ。
そのままワインと食事を頼んだらヒドイものが出てきたり、
食事の最初から最後までヒドイ接客をされる場合がある。
このときほど悔しい思いをすることはない。
グルメ通失格、という烙印を押された気分になってしまう。
そういうわけで、今回のブログには、
「自分の中での"ハズレのお店"のポイント」を書く。
ハズレかたの度合いを表現するために、
ちょっとしたハズレポイントを「チョイハズレ」
大きなハズレポイントを「オオハズレ」と表現する。
どの店にも、まず、店の名前がある。
フレンチでは、食材やワインのこだわり度、格式の
高さを表わすために、一級レベルの店をレストラン、
二級レベルの店をブラッスリーと表現する。
イタリアンになると、リストランテ、トラットリア、となる。
この基準は、大抵の場合、店のシェフの経歴に関係する。
レストラン出身のシェフは、経歴も技量も高いので、
自分で独立したときに、やはりレストランの看板を下げる。
ブラッスリー出身者は、ブラッスリーの看板を下げるに
留まるわけだ。
とはいえ、レストランだから美味しく、ブラッスリーだから
美味しくない、などということは全くない。ブラッスリーや
トラットリアのほうがより価格的に気軽に食べられる、
という感覚でいい。
ごくたまに、一流レストランで修行を積んだシェフが
"ちょっと気軽な店をやりたい"という意図でブラッスリーの
看板を下げる例もあり、安値で美味しいフレンチを味わえる。
これは「アタリ」のケースで、非常に喜ばしい。
だが、ここで、ハズレの危険性の高い看板がある。
「フランス風」「イタリア風」という呼び名をつけた看板だ。
この看板を下げているお店は、大抵の場合、
"リストランテでもトラットリアでも修行したことがない"
"でも、洋食が好きなので、それっぽい料理を出したい"
というケースに当てはまる。
フレンチでもイタリアンでも、その店の味は、シェフの経験と
技量に比例する。経験も技量もないシェフが作る料理は
よほどの例外を除いて、高いお金を払う価値はない。
新しい店を見つけて、「○○風レストラン」などという名前が
ついている場合、自分は、店の扉を開けることすらしない。
もしかしたらアタリに出会うかもしれないが、ハズレの危険性
が極めて高いので、店の前からそっと姿を消すだろう。
いざ店に入ると、最初に目に入ってくるのは、店員さんだ。
まず、「いらっしゃいませ」のときに、
客の目を見ないお店はハズレだ。
客の目を見ないというのはファミレスと同等なわけで、
当然、その店はファミレス以上のお金をとる資格は無い。
スタッフそのものも、しっかり見る。
女性スタッフが目立つピアスやアクセサリーをつけていたら、
これは単純に常識外であり、オオハズレだ。
レストランに来る女性は、それなりにお洒落して来る。
自然、周囲の女性のお洒落も気になるわけで、
たまに、レストランに入ってテーブルに着いた途端に
隣に座った女性がしっかりとメイクしているのを見て、
すぐに化粧室へ行ってメイクのノリを直す女性がいる。
これほどまでに周囲のお洒落に気が散る女性客に対し
目立つピアスやアクセサリーをつけて接客するなど
愚の骨頂というものだ。
ちゃんとしたお店に行けば、女性スタッフはみな
シックで目立たない服飾を心がけているのが分かる。
男性スタッフの腕時計、これは、チョイハズレ。
普通、レストランには壁時計がない。これは飲食業の常識で、
「お客さんに時間を忘れて過ごしてほしい」という狙いだ。
時間を気にしながら食べる料理は美味しさが半減する。
だから、客の目に止まるところに、時計は置かない。
にも関らず、スタッフが腕時計をしているというのは、
あくまでそのスタッフ自身の都合でしかないわけで、
その時計を客に見せることは、全くプラスにならない。
実際、ある店に行って、男性スタッフさんと談笑して
いたところ、そのスタッフが、閉店の時間を気にしてか、
話をしながらチラッと腕時計に目をやったのを見て、
食欲をなくした経験がある。
腕時計は、できれば着けてほしくない。
ともかく、スタッフ観察が終わったあと、テーブルに着く。
ここで、2つの点をチェックする。
まず、周囲の客の、会話の具合。
会話の具合というのは、会話が盛り上がっているかどうか。
美味しい料理は、会話を盛り上げてくれるが、
美味しくない料理は、会話を盛り下げるものだ。
周囲の客が、会話で盛り上がっていれば、まずこのお店の
料理はそれなりのものだと思って間違いない。
逆に、会話がまったく盛り上がっていない雰囲気だと
ハズレの可能性が一気に高まる。
自分の地元で、高級イタリアンで知られる有名店があり、
一度だけ行ったのだが、店に入るなり、満員のお客さんが
シーンとしているのを見て、ああ、これはヤバい、と感じた。
予想通り、ヒドイ料理、ヒドイ接客、ヒドイ価格だった。
自分の場合、もし客の会話が盛り上がっていなければ、
コース料理を頼まずに、簡単なアラカルトで済ませるように
している。ワインもグラスでしか頼まない。
客の会話の盛り上がり加減で、その店の料理を食べずとも
それなりの味の想像はついてしまうのだ。
もうひとつは、「食器洗いの騒音」だ。
オープンキッチンの店になると、どうしても食器を洗う音が
テーブルまで聞こえてくる。シャワーの音、陶器が触れる音、
陶器と洗い場(シンク)の金属部が触れ合う音、など。
特に、シンクの金属音などが聞こえてくると、いやおうなしに
食欲が落ちてしまう。店側の人間は洗うことに集中しているし
その音に慣れてしまうだろうが、特に初めて店に来る客などは
食器洗いの音が非常に気になるものだ。
客の目についていないことを良しとして、まったく気を遣わずに
カシャカシャと音を立てて食器を洗っている店がある。
ちょっと考えればわかることだが、たとえ客の目につかなくても
客の耳には、ついている。これに気付かない店はハズレだ。
逆に、そういった騒音に気を遣って、なるべく音を立てないように
洗っているお店は、アタリである可能性が高い。
まあ、店に入るなり、洗い場のことを気にするのも変な客かも
しれないが、自分にとっては大切なチェックポイントだ。
メニューブックを開く。ここも重要だ。
自分はまず、ドリンクメニューにエスプレッソがあるか
どうかを確認する。もしなければ、チョイパズレだ。
「コース料理のあとのエスプレッソ」は、とくに男性にとって
至福の瞬間だ。子供じみた表現だが、食後にエスプレッソ
をすすっているだけで紳士になった気分を味わえる。
この気分を味わえないと分かっただけで、メニューブックを
開いた途端に残念な気持ちになってしまう。
業界っぽい話になってしまうが、エスプレッソマシーンという
機械は、値段が高く、場所も取ってしまい、維持費もかかる
割に、需要が少ない。知り合いのシェフに聞いたのだが、
彼の店では、コーヒー、紅茶、エスプレッソを用意していて、
その割合は、5対4対1、なのだそうだ。
お店にとってコストパフォーマンスの悪いエスプレッソ
マシーンである。要らないと思う店側の気持ちも分かる。
店の都合を取るか、客の満足を得るか、という二択に
なるわけで、つまり、エスプレッソがメニューにないと
いうだけで、「店の都合が優先か」と思わずにいられない。
もうひとつ、メニューブックでチェックするのは、
すべての品に価格が表示されているか、という点。
よく、ワインの値段を載せていない店がある。
これは、声を大にして言うが、オオハズレだ。
前置きするまでもないが、ワインの価格を載せていない
店で、相場より安い価格で出している店など、無い。
相場より高い値段だから、あえて価格を載せないのだ。
「このワイン、と指定してくだされば、値段を言いますので」
などと言ってのける店がたまにあるが、そういうときに
自分は必ず、数本のワインの値段を聞いたあげく、
「ありがとうございます。じゃあ、ビールを一杯。」
と笑顔で注文することにしている。無論、料理はコースで
頼まない。
レストランを営んでいるお店にとって、原価というものは
重要だ。店によって様々だろうが、料理の原価は4.5割、
ワインの原価は3割、というのが相場だ。
たまに、5割を超える原価で料理の素材にこだわる店が
あったりして、それが解る店は自然と贔屓したくなる。
「これだけ安い値段で、これだけの料理を出してくれたの
だから、これからちょくちょく通って、ちゃんとお店に貢献
しよう!」という気持ちになるわけだ。
料理の原価を高めてでも味にこだわる店は、やはり
ワインの原価も3割ギリギリまで我慢している場合が多い。
"良いお店"というのは、店の売上算段を優先せずに、
まず客の満足度を算段している店のことを指すと言っても
過言ではない。特に飲食業の人が外食する場合、この点を
最もチェックしている。
だが、ワインの値段が相場より高い、例えばワインの原価を
2割まで抑えている店などはイエローカードだ。
オーナー経営者がそういう意識である以上、料理の原価も
3割程度に抑えられている可能性が高いからだ。
「ワインは高めですが、その分、料理にこだわっています」
という店には、いまだ出くわしたことがない。
ワインの値段が載っていないのがオオハズレだというのは
こういう理由に拠るものだ。
ワインだけでなく、素材の『時価』という表現もハズレ。
「時価」というのは、その日の仕入によって値が変わるので
"毎日ごとにメニューの価格を書き換えるのが大変だから
申し訳ないけど、遠慮なく価格を聞いてくださいね"
という意味だ。毎日相場が変わる多種類の食材を揃えて
客席数やメニューブックの数も膨大な数になってしまう
居酒屋や日本料理屋などが使うのは致し方ないとしても、
フランス料理やイタリア料理は、その日に抱える食材の
種類や量など知れているし、客席やメニューブックの数
が多いはずもない。わざわざ「時価」などと肩を張った
表現だけにしておかず、その下に、その日の素材の値段を
手書きで書き込んだシールで貼るなりしたほうが、
客にとって喜ばしいうえに、
"毎日の食材調達にこだわっているんだな"と客に
思わせることができるではないか。
時価、とだけ書いておくと、単純に"不透明な店だな"としか
客にとられない。それに気付かないようでは、客への
心くばりに期待できない店、と思われても致し方ない。
さあ、いよいよワインと料理がテーブルに運ばれてくる。
ここも重要なポイントと言っていい。ワイングラスだ。
ワイングラスは、ワインのタイプによって、適種がある。
グラスに口をつけて、グラスの"縁"の幅が狭いか広いか、
これでワインの飲み口が決まるのだ。
幅が狭い場合、口にスッと流れ込んでくる。
幅が広い場合、口にゆっくり流れ込んでくる。
川の流れで例えると分かりやすい。
流れの早い上流と、流れのおだやかな河口、の違いだ。
細かく説明すると、幅が狭くスッと入ってきた場合、
ワインは舌の真ん中を通る。
逆に幅が広くゆっくり入ってきた場合、舌の全体を通る。
つまり、ワインの味の特徴を、舌のどの部分で感じるのか、
これを左右するのが、ワイングラスなのだ。
テーブルにワイングラスが来る。
前述した説明に拠れば、幅が狭いストレートな形の
グラスか、あるいは幅が広いどっしりとしたグラスの
どちらかが、選んだワインに合わせて出てくる。
しかし、そうでないグラスが出てくることがある。
「幅が狭くも広くもない、どちらでもよいグラス」だ。
一般的に、家庭の食器棚においてあるワイングラス
と呼んでもいい。
このグラスがテーブルに置かれたら、ハズレだ。
これは知り合いのシェフの受け売りだが、
「ワインの美味しさは、ワイン7割、グラス3割」という。
せっかく美味しいワインを選んだのに、それに適した
グラスが用意されてこないというのは、
秋刀魚を塩焼きして、大根おろしまで乗せたのに
肝心の醤油がない、というほどに悲しい事態だ。
ちなみに、過去に2度ほど、色のついたワイングラスが
出てきたことがあった。これはオオハズレの境地だ。
赤ワインなどは、見て図り、見て楽しむ、というのが
付加価値であるのに、色のついたワイングラスなどが
出てきてしまっては、楽しみが半減してしまう。
フォークやナイフ、これがテーブルに出てくるのにも
ちょっとしたチェックを入れてしまう。
はじめからズラリとテーブルの両側に並べてあるのは、
友人を誘ってレストランへ行く場合、チョイハズレだ。
理由は単純。「友人を緊張させてしまう」、これに尽きる。
元々、披露宴やパーティーの食事の際、出す料理ごとに
フォークやナイフ(以下シルバーと呼ぶ)をセッティング
するには人員が足らないので、あらかじめそれらをセット
しておくことに発端があるそうだが、こと客席が30に
満たないお店の場合、わざわざ並べておく必要はない。
料理ごとにシルバーが出てきたほうが気持ちが良いし、
そのほうが料理に集中できる。
ある友人を、あるレストランに連れていったときなど、
せっかくスタッフさんが、料理の説明をしているのに、
友人は小声で「これは両端から使うんだよね?」と
気を揉み、自分はそれに気遣い、せっかくの料理説明を
聞きそびれてしまった。
シルバーがズラリと並んでいると、緊張するだけでなく、
テーブルに気を遣うあまり、話をするときに身振り手振りを
することが難しくなってしまい、自然に話が盛り下がる。
できることなら、料理ごとにシルバーを出したほうがいい。
料理とワインを一通り楽しんだ、としよう。
ここまでで、美味しく楽しい時間を過ごせたとしたら、これは
アタリのお店と言っていい。
だが、最後にひとつだけ、チェックポイントがある。
「シェフの顔が見れるかどうか」だ。
ホテルレストランやグランメゾンではなかなか望めないが、
普通のレストランである場合、シェフは表に出てくることが
できる。別にニコニコしている必要など無いが、
「ありがとうございます。美味しく召し上がって頂けましたか?」
の一言ぐらいを述べる時間は、かならずある。
オープンキッチンのお店であれば、わざわざテーブルに
出てこなくてもシェフの顔を見ることができるが、そうでない
場合は、シェフのほうからテーブルへ出て行く必要がある。
シェフの顔が見れないお店は、チョイハズレだ。
理由は3つある。
ひとつは、"シェフがいない店なのではないか"と思えること。
この場合のシェフとは、料理の作り手、という意味ではなく、
その店の料理を統括している責任者、という意味だ。
稀にこういう店があって、例えばオーナーがレストランに
立たず、誰か料理顧問を雇ってメニューを作らせ、実際に
キッチンで料理を作っているのは若い料理人かバイト員、
というパターンがある。この場合、次にその店に料理を
食べにきても、味が変わっていたり、ブレていることがある。
こういう店は、一度美味しかったとしても、その後懇意にして
通える店ではなくなってしまうことがある。
ふたつ目は、"シェフの意識の低さ"が伺えてしまうこと。
シェフは、客との一対一の勝負だ。自分の作った料理が
客にとって喜ばしいものであったかどうかは、客から直接
聞かないことには解らない。自分の料理に自信があったり、
向上したいという意識の高いシェフは、客との会話を求める。
そうしない場合は、意識が低いのでは、と思えてしまう。
三つ目は、"お抱えのシェフがいないのではないか"と
思わせること。
これはよくあることで、はじめ店のオーナーが料理人を選ぶが、
売上が悪いとシェフを替えたり、逆にシェフのほうが、安月給に
耐えられないなどの理由で店を辞めたり、つまりその店の
シェフが特定されておらず、コロコロとメニューが変わる。
こういうお店は、やはり懇意に通うことはできないし、第一、
こういうパターンの店は、絶対に長続きしない。
料理を食べ終えたあと、お客さんにシェフが顔を出さない
店は、どんなに美味しくても、リピーターの客を掴み損ねて
いると思う。自分がそのリピーターの例に当てはまる。
店のアタリ、ハズレを判断するには、他にもたくさんの
ポイントがあるのだろうが、自分の場合、上記した内容の
チェックをもって、「ハズレに出会う可能性を下げる」ことに
成功している。
「よくもここまでチェックするねぇ、ちょっとネクラじゃない?」
「キミは、そこまでして美味い料理が食べたいのか?」
などと声が聞こえてきそうだが、もちろん、美味い料理が
食べたいからこそチェックしているわけで、自分でも多少
ネクラな行動に感じないわけでもないが、それは持ち前の
見た目の明るさでカバーしている。と思う。
おそらく、ハズレのお店に出くわしたときも、自分は
明るい笑顔で「ごちそうさまでした」と店に御礼を言っている。
しかし、家に帰ったあと、その店に対する不満や怒りを
フツフツと湧き上がらせ、犬の小次郎に向かってブツブツと
積もるように文句を浴びせている。この点は、ネクラだ。
だがそれは、美味しい料理と素晴らしいお店に出会えた時の
感動が大きいからこそ、その反動がそうさせてしまうのだ。
このブログを読んで下さっている、僕の大好きなお店の皆さん。
いつも美味しい料理と楽しい時間を、ありがとうございます。
そして、僕が、ハズレたお店に行ってしまったとき、心やさしく
なぐさめて頂いて、いつも本当に感謝しています。
これからも、冒険談を集めて遊びに行きますので、
末永くよろしくお願いしますね。
END
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